1、衆参両院における憲法調査会の報告を受けて
1)いまやっと、スタート・ラインに立った。
今般、衆参両院における憲法調査会の調査報告書が決定された。報告書の中身は、客観的な議論の状況を論点ごとに整理したにとどまるものであるが、この五年間の成果が現れたという点で、十分に評価できるものである。憲法に関する議論がオープンな形で進められたことは画期的なことだと言わざるを得ない。
これによって、これまでの改憲・護憲の両極端な二元的論争の時代に終止符を打ち、多様な角度から憲法を自由闊達に議論するための土台ができたと受け止めている。とりわけ、日本国憲法の三つの根本規範、すなわち国民主権、基本的人権の尊重及び平和主義を堅持することについて、与野党の区別なく合意を得たことは、今後の憲法論議の土台が定まったという意味において極めて重要なことだと言える。
それでも、憲法を巡る議論は、ようやく、国民的な議論に向けてのスタート・ラインにたどり着いたに過ぎない。
2)論点は示された。議論はこれからである。
院内の議論においては、政治的な発言や社会問題をそのまま取り上げる発言など、一体、どれが憲法論議なのかあいまいなままに進められたものもあった。また、政党間の意見の隔たりはもとより、個々の議員間の温度差も依然として少なくない。論点が絞られたとは言え、未整理の課題も多数残されたままとなっている。
今後さらに、憲法の見直しを必要とするもの、憲法の運用や解釈そのものを正していくべきもの、憲法付属法にて整理すべきもの、あるいは法律の立案や改正によって処理すべきものといった具合に、論点そのものを再整理し、より具体的な憲法論議へと深めていく必要がある。本格的な議論はまさにこれからである。
3)国民的なコンセンサスの実現に努力を傾けていく。
憲法についてそれぞれの想いで意見を発露することは必要だが、それだけでは現実の憲法を変えることはできない。
憲法論議を踏まえて何らかの改革を行おうとするならば、衆参各院において国会議員の3分の2以上の合意を達成し、国民多数の賛同を得るのでなければならない。政党には、自党の意見表明だけにとどまることなく、国会としてのコンセンサスをどう取りつけるのかに向けて真摯に努力していくことが求められている。
憲法の姿を決定する権限を最終的に有しているのは、政党でも議会でもなく、国民である。今後はさらに、憲法を制定する当事者である国民の議論を大いに喚起していくことが重要である。民主党は、その先頭に立って、国民との対話を精力的に推し進めていかなければならない。
2、次の展開に向けて
1)ポスト憲法調査会の構想、次のステップへ
われわれには、衆参両院におけるおよそ五年間にわたる審議の蓄積と経験を生かして、次のステップへと踏み出していく責任がある。また、当面の課題として、憲法改正手続法制・国民投票法制の整備にとりかからなくてはならない。現行の憲法調査会を継続して、憲法そのものの議論をさらに深化させると同時に、同調査会において、国民に開かれた形で、これらの議論を進めるべきと考える。
民主党においても、憲法改正手続法制・国民投票法制に関する議論を進め、どのような仕組みがよいのか、国民の自由闊達な議論を沸き起こすために何が必要なのかをしっかりと踏まえて、法整備に対処していかなければいけない。
2)テスト・ケースとしての国民投票法制、3分の2は実現できるか。
憲法改正手続法制を具体化するに際しても、古典的な改憲・護憲両勢力の対決や与野党対峙の場を演出するものとして煽り立てることであってはならない。最も重要なことは、憲法という国の重大事項に関して、与野党の壁を超えた国民的コンセンサスをいかに創り出していくのか、いわばテスト・ケースとしてこの問題を位置付け、取り組んでいくことである。手続について合意形成ができない中で、具体的な憲法の中身について、3分の2の合意を形成することはとうてい困難である。
国会の政治的力量とその成熟度が問われている。
3、「憲法提言」の策定に向けて
1)この間の取り組みと「提言」の位置づけ
民主党は、衆参両院における憲法調査会が発足する前から、党内に調査会を設置し、精力的な憲法論議を積み重ねてきた。その基本的立場は、旧来の意味での改憲でも護憲でもなく、憲法について正面からその問題点を析出し、その改革方向を見出していくという意味での「論憲」もしくは「創憲」という姿勢にあった。以来、「総論」「統治機構」「人権保障」「分権」「国際安保」の5つの小委員会を中心に取り組み進めてきた。
その結果は、鹿野道彦会長(現・憲法調査会顧問)、中野寛成会長(現・衆議院副議長)、そして仙谷由人会長(現・政調会長)の三代の憲法調査会長を経て、三つの報告としてとりまとめられ、民主党の憲法改革提案として公表されてきた。そのとりまとめに際しては、江田五月事務局長(現・参議院議員会長)が終始重要な役割を担ってきた。そして、それらの成果は、この間、衆参両院における憲法論議に影響を与え、議論をリードする素材となってきた。
そしていま、国民的論議を起こすときである。昨年6月、参議院選挙直前に発表された「中間提言」をベースに、今後は、民主党と国民との憲法対話に供する「憲法提言」をとりまとめていく仕事が残されている。そのためにも、党内議論をより一層活発なものとして、しっかりとしたコンセンサスを得た「提言」に仕立て上げていく必要がある。
2)「憲法提言」のための中間的な報告
昨年末以来、われわれはそのための議論を五つの小委員会ごとに推し進めてきた。課題をえぐり出し、論点を再整理して、1つひとつのテーマについて真摯な討論を積み重ねてきた。それでも、憲法という巨大な主題を論議し尽くすには、さらに時間と熱意ある審議が必要である。
そこで、私は、ここにおいて、この間各小委員会において積み重ねられた議論を踏まえ、次第にその輪郭が明らかになりつつある憲法論議のための基本方向について、改めて中間的な報告をしたいと思う。
(1)憲法は、何よりも先ず、公権力行使のためのルールを定めたものである
われわれが議論の対象としている「憲法とは一体何であるのか」、ここが総ての理解の出発点である。憲法とは、何よりも先ず、国会・内閣・裁判所等の機関に対し、国民の名において公権力行使の権限を授け、これを国民の名において監視し、コントロールするための基本ルールのことである。そしてこれが言葉の正しい意味での国民主権の実質である。
ところが、今日われわれが目撃しているわが国の憲法の姿は、時々の政府の恣意的解釈によって、公権力の都合に合わせて憲法の運用を左右しているという現実である。それどころか、同一の内閣においてすら、憲法解釈が平然と変更されて、いまや「憲法の空洞化」が叫ばれるほどになっている。このままでは、憲法の基本的役割である「公権力行使のためのルール」という機能は無きがごとき状態に陥るであろう。いま最も必要なことは、この傾向に歯止めをかけて、憲法を鍛え直し、「法の支配」を取り戻すことである。そのために何が必要かを真正面から検討し、必要ならば憲法の機能を回復させるための改革、すなわち憲法改革にチャレンジしていく気概が必要である。
(2)第1小委員会では、七つの柱を立てて、民主党がめざす憲法の姿を提示すべきだとしている。
憲法総論を扱う第1小委員会では、新しい時代に向かう国造りの基本原理として、次の「七つの柱」を軸にさらに議論を進めていくことが確認されている。
第1は、わが国の歴史・伝統・文化を踏まえた国の形を明示すること。
第2は、国民主権の強化、とりわけ議会の行政監視機能を強めること。
第3は、国民共同の責務を明らかにし、未来への責任を謳うこと。
第4は、個人の自立を大切な価値目標として、人間の尊厳と自立主義を掲げること。
第5は、補完性の原理に基づく、分権型社会の創造をめざすこと。
第6は、これからの社会と国家の基本原理として、環境重視を盛り込むこと。
第7は、国際社会へのコミットメントを大切にする、国際協調主義の立場に立つこと。
これらのうち、国の形を決定づける最も重要な方向として、私は、「分権社会の創造」を特に強調したいと考えている。
(3)第2小委員会では、統治機構についての見直しが行われ、国民主権の徹底が謳われた。
第1は、首相主導の政府運営の実現である。
@憲法第65条の規定における主体を「内閣」ではなく、「内閣総理大臣」として、首相の主導権と責任を明確にすること、
A同条における「行政権」を「執行権」に切り替えること、
B上記に基づいて、現行の内閣法や国家行政組織法を大胆に見直すこと、
第2は、議会(国会)の権限強化と行政監視機能の充実である。
@国会に、議会オンブズマンもしくは行政監視院のようなものを設置し、専門性の高い行政監視機構を整備すること、
A現在行政府が所管している独立行政委員会について、その準司法的機関・行政監視機能としての性格を踏まえて、議会によって設置されるものへと切り替えること、
B国政調査権を少数でも行使可能なものにし、議会によるチェック機能を強化すること、
C二院制を維持しつつ、その役割を明確にし、議会の活性化につなげること、
第3は、司法権の強化と違憲審査機能の拡充である。
@違憲審査機能の拡充をめざして、新たに憲法裁判所の設置をめざすとともに、併せて最高裁判所裁判官を議会の同意事項とすることを検討すること、
A行政訴訟制度を大胆に見直し、憲法に国民の幅広い訴訟権を保障すること、
第4は、公会計や財政に関する諸規定を整備することであり、
第5は、議会政治を補完するものとして、国民の意思を直接問う国民投票制度の拡充を行うことである。
最後に、統治機構の最大テーマの1つとして、日本が分権国家として構成されることを明確にすることが謳われている。
(4)第3小委員会では、「人間の尊厳」の尊重と「共同の責務」の実現を基本とした、人権保障体制の確立をめざすとしている。
第1に、「人間の尊厳」の尊重を再確認し、特に以下の点が提起されている。
@EU憲法にも謳われているように「声明の尊重」を明記すること、
Aドメスティック・バイオレンスやセクシャル・ハラスメントなどに見られる、「人間の尊厳」を破壊する一切の暴力からの保護を明確にすること、
B犯罪被害者の人権を擁護すること、
C子どもの権利と子どもの発達を保障すること、
D外国人の人権を保障すること、
E信教の自由を確保し、政教分離の原則を厳格に維持すること、
F年齢差別や性差別などあらゆる差別をなくす規定を検討すること、
第2に、「共同の責務」を果たす社会へ向かうことが掲げられている。
これは、例えば、環境保全の場合のような社会的広がりを持つ課題の解決について、国、地方公共団体、企業その他の中間団体、および家族・コミュニティや個人の協力がなければ達成し得ないという基本認識がそこにある。<国家と個人の対立>や<社会と個人の対立>を前提に個人の権利を位置づけるだけでなく、国家と社会と個人の協力の総和が「人間の尊厳」と個人の自立を保障する側面があることを、改めて確認するものでもある。この考えに基づき、以下の点が提起されている。
@憲法において「地球環境」及び「環境優先」の思想について言及すること、
A人権や環境の保護・維持向上のための「共同の責務」を明確にすること、
B現在に生きる人々の利害だけでなく、将来の人々に対する責務も果たすこと、
C土地資源や自然エネルギー資源など、公共的価値を有する財産についてはその利用と処分についての制限を設けること、
D「共同の責務」を果たすための中心的役割の1つを担う公務員の権利義務について再検討すること、
このほかに、曖昧な「公共の福祉」の再定義が必要であることが提起されている。
第3に、情報社会の到来と価値意識の変化に対応した「新しい権利」を確立するための提言がなされている。
@国民の「知る権利」を憲法上の権利とし、行政機関や公共性を有する団体に対する情報アクセス権を確立すること、
A情報社会に対応し、プライバシー権を自己情報コントロールの観点から再整理して、その権利性を明確にすること、
B情報リテラシー(読み解く能力)を確保し、「対話の権利」を保障すること。および人間の潜在能力の開発を支援することを国の責務とする、「学習権」の概念を確立すること、
C多様な働き方が広がる社会に適合するよう、「勤労の権利」を見直し、職業選択の自由を具現化するための職業訓練機会の保障に係る国及び企業等の責務を明確にすること。また、地球における様々な社会活動、ボランティア活動等への参加を保障すること、
第4に、日本国民として主体的に国際人権保障の責務を果たしていくことの必要性が指摘されている。
@憲法の中の司法に関する項に、「国際人権法」等の尊重を採り入れること、
A憲法の最高法規及び条約に関する項に、国際条約の尊重・遵守義務に加えて、それに対応する「適切な国内措置」を講ずることを義務づけること、
(5)第4小委員会では、「補完性の原理」に基づく地域主権国家への転換が掲げられている。
第1は、補完性の原理に基づく、基礎自治体優先の考えである。
まず住民に身近な行政は優先的に基礎自治体に配分し、基礎自治体ではなしえない業務や権限については、都道府県もしくは道州に相当する広域自治体に移管するとの前提で、中央政府と地方政府(地方自治体)の行政権配分を憲法上明確にすることなどである。
第2は、国・地方の間の権限配分の明確化である。
この中央政府と地方政府との権限配分に対応し、地方自治体に専属的あるいは優先的な立法権限を憲法上保障して、この権限をめぐる中央・地方間の紛争については、予定されている憲法裁判所などが審査することなどである。
第3は、地方政府の多様性の承認である。
これまでの首長と議会の二元代表性だけでなく、「執行委員会制」や「支配人制(シティ・マネージャー制)」など多様な組織形態の作用を可能にするため、自治体の組織・運営のあり方は住民がこれを決めることを原則とすることなどである。
第4は、財政自治権・課税自主権の確立である。
地方自治体の財政自治権・課税自主権を憲法上保障し、新たな水平的財政調整制度を創設することなどがある。
(6)第5小委員会では、すでに公表されている「中間提言」において二つの枠組みが提起されている。
第1は、「制約された自衛権」を明確位置づけることである。
国連憲章に定められた「制約された自衛権」をベースに、わが国の政治の中で定着してきた「専守防衛」の考えを踏まえつつ、何らかの形での「自衛権」を憲法上明確に位置づけることである。
第2は、国連主導の集団安全保障活動への参加を明確に規定することである。
国連安保理もしくは国連総会の決議による正当化された集団安全保障活動に参加することを可能にする規定を設け、政府の恣意的解釈による対外活動を規制すること、ただし、集団安全保障活動への参加に係る具体的基準等については改めて検討・審議することなどである。
これらの内容については、さらに慎重な審議が必要である。また、「人間の安全保障」という新しい問題提起について、さらに深い議論をする必要があるとの指摘を受けている。このほか、シビリアン・コントロール(民主的統制)、アジアにおける地域的集団安全保障機構についての構想や国連平和部隊のあり方、緊急事態に係る危機管理のあり方などについて問題提起がなされている。
さらに、憲法上の整理とともに、憲法付属法としての性格を有する「安全保障基本法」の整備を行う必要があるとの提起も受けている。
結 び
憲法を変えることによって、何がどう具体的に変化するのかを理解できるまでになるためには、憲法条文の改正とともに、関連する憲法付属法の整備が必要不可欠である。例えば、先に触れた「議会(国会)の行政監視機能の強化」を実現するためには、憲法上の規定を見直すとともに、国会法、両院規則、国家行政組織法などの再編成が行われなければ実効性は伴わない。
われわれが準備する国民対話のための「憲法提言」は、そうした憲法付属法の点検・組み換えをも考慮した、より具体的なものとして提案される必要がある。
そのためにも、今後さらに、全議員の知恵と議論を結集し、国民に解りやすい言葉と親切な提案となるよう努力していく必要がある。連休明けから、全議員に呼びかけた各小委員会を開催し、その場に民主党の各議員が積極的に参加していただけるよう取り組んでいきたい。その論議の中から、「憲法提言」を集約していくつもりである。
最後に、憲法制定権限を有する国民の大多数が共鳴し、賛同できる質を伴った「憲法提言」をとりまとめていく仕事が残されていることを改めてここに再確認する。
以上 |