小泉首相の私的諮問機関である「安全保障と防衛力に関する懇談会」は9月15日、これまでの論議の内容をまとめた「論点整理」を公表しました。同懇談会は9月中に報告書を提出する予定です。(懇談会メンバーは後掲)
「安全保障と防衛力に関する懇談会」論点整理

 【総論】
一 安全保障環境の認識

○戦争という概念も変わってきている中で、従来の冷戦型の脅威ではなく、大量破壊兵器やテロなどの新たな脅威への対応が重要である。(第1回)
○伝統的に考えてきた脅威というものは、自国に対する攻撃等が中心であったが、今や、周辺地域の安全や世界の安定を確保しないと自国も安定も確保できなくなっており、我が国に脅威を及ぼす構造自体が変化した。また、脅威を及ぼす形態も、ミサイル、テロ、ゲリラ、生物化学兵器等の新たなものへと変化している。(第1回)
○北東アジアには、北朝鮮の問題があり、伝統的な安全保障上の問題と新たな安全保障上の問題の両方がある。新たな脅威への対応に当たっての予防に関しては、外交やODAといった軍事力以外による対応が有効であるが、いざというときのための防衛力をきちんと整備しておくことも必要である。(第2回)
○我が国周辺には、冷戦終了後も、朝鮮半島や中国・台湾の問題がある。我が国周辺の安全保障環境は、国際的に見ても他の地域の人に理解しがたいほど非常に特殊な状況にある。(第5回)

 二 日本としての戦略
○テロなど新たな脅威には、「抑止が効かない」ことから、予防が重要である。予防に際しては、相手が見えないだけに国際協調が重要となる。(第2回)
○新たな脅威と伝統的な脅威が複雑に絡んでいるし、軍事力の意味も今までと異なっている。複雑な脅威の下では、安全保障政策は総合的なものでなければならない。これにより、我が国防衛と周辺地域の安定のみならず、世界の中での脅威の予防を行うことが必要である。(第7回)
○日本の防衛のためには、自衛隊だけでなく、国全体で総力をあげて行うことが重要であり、日米同盟による抑止力の維持が必要である。また、国際社会との協力も必要である。(第7回)
○世界各地の脅威を予防するには、国際社会との協力、安保理決議や同盟国との協調の下で、平和維持や平和構築活動を実施していくことが重要である。(第7回)

 三 防衛力の基本的方向
○基盤的防衛力構想が打ち出された一九七六年と今とで非常に構造的に似ている面はあるが、今後この構想を維持するかどうかを根底から考え直す必要があるのではないか。(第1回)
○基盤的防衛力の考え方は、自ら力の空白にならないという消極的な観点から防衛力を意味づけているが、もっと積極的に安全保障環境の安定や改善に寄与するにはどうするかという考え方が必要になってくる。(第2回)
○防衛力としてどの程度の基盤的なものを保有すべきなのか、その防衛力で多様な事態にどの程度対応できるのか、その場合に何が欠けているのか、新たに付加しなければならない機能はどういうものなのかを、単に日本だけではなく、日本とアメリカとの関係等の中で、具体化していくことが重要な課題である。(第3回)
○基盤的防衛力の考え方を見直すとしても、所要防衛力の考え方に戻るということではないのだろう。今後とも継承する部分もある。(第7回)


 【政府全体の政策課題】
 一 政府の意思決定と関係機関の連携

○現代の安全保障ないし防衛の問題においては、狭義の防衛と治安の境目が曖昧になってきており、日本の国家の持つ実力装置が官僚制の枠を超えて相互に協力していく体制を作ることが内閣主導の眼目である。(第1回)
○脅威に対しては、多くの機関が共同して対応するため、国家として全体的に持っている各機能をどう使うかは非常に重要である。これをコントロールする一元的な統制権をもった組織をどう強化していくかということは、国家の危機管理体制、情報体制につながる重要な課題である。(第3回)
○防衛というのは、結局は意思決定の問題であり、それを将来的にどうすべきかを真剣に議論する必要がある。例えば弾道ミサイルへの対応は、二分、三分を争う案件である。あらかじめ何らかの意思決定の委任をしておく必要がある。(第3回)
○日本全体の安全保障のための頭脳として安保会議を抜本的に強化することが必要。常に日本の安全保障政策を見直し、年次指針のようなものを作ることを考えるべきである。そのためにも、スタッフを強化する必要がある。(第9回)
○有事法制を作った際に官房長官をキーマンとして政治レベルの議論を行うとともに、事態対処専門委員会を新設するなど、安保会議の強化を図ったが、今後は閣僚の議論の機会を増やしたり、事態対処専門委員会を頻繁に行うなど運用面を強化する必要がある。(第9回)
○テロ対応における関係機関の連携については、第一義的に警察機関が対応しそれを超える事態に自衛隊が出動するのが論理的な順序だが、実際にはそのようないとまはなく、中間段階から両者がシームレスに協力して対応することが必要である。(第9回)
○今後は特定できない相手に対処する必要があり、情報を集めることが重要である。その際、諸外国との提携強力、情報交換が重要となるが、国際情勢に効果的に対応が可能な体制とはどのようなものかを考える必要がある。(第3回)
○情報については、秘密保全体制が重要。また、関係省庁が縦割りをなくし、連携を深めることが重要である。(第6回)
○情報の集約、共有のメカニズムや保全体制の確立は重要である。また、国際的にも通用する情報人材の育成、確保が必要である。(第7回)
○国際的な情報コミュニティに入り込んだ国際テロなどに対応するため必要な情報を得るよう努力しないといけない。その際、秘密保全の体制をしっかりさせる必要がある。(出す9回)

 二 日米同盟
○自国の防衛のみならず、テロなどの新たな脅威に対応していくときに、同盟国の間の役割分担等について具体的に考えていくことが重要な問題として出てくると思う。(第2回)
○日米安保条約に基づく同盟関係は重要である。特に、伝統的脅威の強いこの地域では、日米安保体制に基づく抑止体制が重要である。(第4回)
○米軍のトランスフォーメーションは、一つの日米間の戦略的な対話のきっかけになるのではないか。(第9回)
○中国や朝鮮半島の情勢は、我が国の平和と安全に影響を及ぼしかねない不確定要因を含んでいるので、日米同盟関係の信頼性を高め、それを周囲からもきちんと認識できるような状況に維持していくことが重要である。日米防衛ガイドラインの実効性を高めるだけでなく、トランスフォーメーションの問題についても、受け身でなく、前提となる考え方について、こちらから先んじて政策協議を行っていくことが必要である。(第8回)

 三 国際平和強力
○自衛隊法における自衛隊の任務において、国際平和強力業務が、運動競技会に対する強力と同様の位置付けになっているのはおかしい。もちろん、自衛隊の主たる任務は日本の防衛であるが、少なくとも従たる任務ぐらいの重要な位置付けが国際平和協力業務に与えられてしかるべきである。(第4回)
○国際平和協力は、日本の安全と繁栄の基盤であり、日本の防衛と同じ位置付けになるのではないか。国際平和協力は、第三者的に貢献するというより、国際的な安全そのものが我が国の国益という考え方が必要である。(第4回)
○九〇年代に国際安全保障環境が大きく変わり、国際安全保障の一体化が進んだことを受けて、国際平和協力について考えなければならない。(第4回)
○平和構築活動については、自衛隊のみならず、文民警察、行政官、国連組織、民間企業、NGO等、日本の総力をあげて行うことが重要である。(第7回)

 四 防衛力を支える基盤
○武器輸出の問題を考えるときには、ミサイル防衛を米国との間で進めたり、米国以外の国と装備の共同開発に参画することと、死の商人よろしく武器を売ることとの切り分けの問題を考える必要がある。(第6回)
○昭和五一年の三木内閣当時の統一見解による全面禁止は不合理。平和国家として、国際紛争の助長を回避するとの本来の趣旨に戻ることが急務である。(第6回)
○武器輸出に関しては、各国が集まって共同開発を進める際に、参加できなくなるといった点に留意する必要がある。(第7回)
○防衛装備品の調達コストの低減のため、装備のファミリー化・共用化、武器輸出三原則の見直し、民生品の活用、企業間の競争の促進などの工夫が必要である。(第8回)

【今後の防衛力のあり方】
○従来、防衛力整備というと、装備品をどうするという議論が多かったが、そういったハードの面だけでなく、情報、運用、政府機関の連携等のソフト面に重点を置いて議論していくことが重要である。(第1回)
○基盤としての防衛力をどのように保有し、新たな事態や国際平和協力にどう対応するか、そのバランスの維持が重要。また、通常戦力については、対処能力がない限り抑止力として働かない。さらに、国際平和協力は防衛力の活用というより、そのことが間接的な日本の防衛につながる。(第6回)
○周辺諸国とのバランスを保ち、不確定な将来に備える中で、一国にとって最も深刻で重大な影響を及ぼす脅威となる本格的な武力侵攻を抑止するのが防衛力の基本である。その中で新しい脅威や国際平和協力といった多様な事態に対応する必要がある。(第8回)
○理想的には、防衛力の役割が拡大し複雑化してきた以上、その任務に見合う資源を投入すべきだが、実際には資源は有限なので本質的な分野とのバランスを考えながら、トレードオフを図っていかなければならない。(第8回)
○大量破壊兵器を含む大規模テロ、特殊部隊、武装工作員などの破壊行動に対して、我が国の長大な海岸線及び数多くある離島などを守る機能、広大な海域の哨戒能力、現存する基地から離れた東シナ海などの空域での領空侵犯措置、弾道ミサイル防衛能力、国際的な任務へ対応するための長距離輸送能力などは今後重視していくべきである。(第8回)
○限られた資源を有効に配分するためには、相似形に縮小するということだけは絶対に避けなければならない。思い切ったウェイト付けが必要である。(第8回)
○防衛力の変換に一〇年一五年かけるというのは時代に合わない。必要なものについては、短期間に集中的に取得するようなことも検討する必要がある。(第8回)
○少子化による人的資源の制約や財政上の制約ということを考えると「選択と集中」という考えをとるべきことは当然である。(第8回)
○本格的な着上陸侵攻に備えるための戦車などの装備は減らすべきだが、中核的な能力と技術基盤は維持する必要がある。技術基盤は、日本単独で維持するのは困難であり、国際協力が必要である。

 【その他】
○陸・海・空自衛隊の体制の在り方と計画体系については、「防衛計画の大綱」において定性的な方向のみを示し、定量的な目標については、中期防衛力整備計画に任せ、それを定期的に見直すかローリングを測るべきではないか。そうしないと、国際情勢の激変や軍事科学技術の変化に適切に対応できないのではないか。(第6回)
○「国防の基本方針」に関しても、今日の安全保障環境に合わなくなっていることから見直しが必要ではないか。
○報告書は、あくまでも今の憲法の下できちっと議論することとし、今後の問題として憲法上の問題に触れるべきではないか。(第7回)
○PKOのように国連が何らかの形でスポンサーになっている平和協力の活動、特に、安全保障理事会が決定したことについては、国連の集団的措置の話ととらえるべきではないか。(第4回)

安全保障と防衛力に関する懇談会メンバー(50音順)
 荒木   浩 東京電力顧問
 五百旗頭 真 神戸大学法学部教授
 佐藤   謙 都市基盤整備公団副総裁(元防衛事務次官)
 田中  明彦 東京大学東洋文化研究所教授
 張  富士夫 トヨタ自動車株式会社取締役社長
 西元  徹也 日本地雷処理を支援する会会長(元防衛庁統合幕僚会議議長)
 樋渡  由美 上智大学外国語学部教授
 古川 貞二郎 前内閣官房副長官
 柳井  俊二 中央大学法学部教授(前駐米大使)
 山崎  正和 東亜大学学長
                           *座長:荒木委員 *座長代理:張委員