公明党憲法調査会による「論点整理」

               公明新聞6月17〜19日より

はじめに
  わが党の現憲法に対する姿勢は、2002年11月2日の第4回党大会で示した通り、国民主権主義、恒久平和主義、基本的人権の保障の憲法3原則は、不変のものとしてこれを堅持し、さらに憲法第9条を堅持した上で、時代の大きな変貌のなかで新しく提起された環境権や、プライバシー権等の新しい人権を加えるという「加憲」という立場を検討することを党大会で示している。
  現在、国民の憲法への関心も高まっており、また国会においても衆参両院に憲法調査会が設置され、既に4年を経過し、最終的な調査が国会の場で精力的に行われている状況にある。わが党においては、党内に設置した党憲法調査会を中心に、この数年、活発な論議を行ってきた。特に21世紀日本をどうするかという未来志向の憲法論議こそが大事であり、国民主権をより明確にする視点、国際貢献を進めるための安全保障の視点、激動する社会の中で人権を確立する視点、環境を重視する視点で議論を深めている。今回、これまで党憲法調査会において行われてきた論議を基にして、党憲法調査会として論点を整理した。あくまで、自由な意見を述べていただいたものをまとめたものであり、今後の憲法論議の参考としたいと思う。今後、秋にも想定している党大会において、見解をまとめたいと考えている。さらに、21世紀日本を見据えた骨太の深い論議を党内で活発に展開したい。

 

前文
○憲法3原則の明確化について
○国際貢献の明文化について
○日本固有の歴史・伝統・文化の明示について

 ◆現行憲法の前文は、平和主義などの理念を高らかにうたっているが、敗戦直後の歴史的背景を色濃く反映しすぎているとし、憲法の前文の記述としてふさわしいかどうか疑問視する向きがある。併せて日本語らしからぬ表現も多く、書き直されるべきだとの指摘もある。その際に、明確に人権尊重の理念が書かれてないこともあり、改めて憲法全体を貫く3原則を明確に盛り込むべきだとの主張がある。
  ◆21世紀の国際社会は一段と、相互協力関係の構築が求められている。その点で「国際社会で名誉ある地位を占めたい」との記述が、これまでの人道復興支援など、いわゆる国際貢献の根拠とされてきたが、それでは不十分であることから、もっと明確に打ち出す必要があるとの指摘がある。なお、その際に、人間の安全保障についての理念を、さらに一層強く反映されるべきだとの主張も見逃せない。
  ◆また、現行憲法前文が人類普遍の原理をうたうことに忠実なあまり、日本固有の歴史、伝統、文化に根差した理念が見いだせないとの指摘が衆参の憲法調査会などである。このため、日本人のアイデンティティーを共有できる記述が人類普遍の原理とともに必要だとの議論もある。

 

第1章「天皇」 (第1条〜8条)
○象徴天皇について
○象徴天皇と国民主権の関係性について
○天皇の元首性について
○象徴天皇と国事行為について
○女性天皇について

 ◆象徴天皇とは、権力なき権威としての存在を示し、象徴天皇制は定着しているし、的確であり、維持していくべきだ。
 ◆あくまで象徴天皇であるとしたうえで、それを表現として「元首」と呼んでもいいという意見もあるが、国政に関する権能を与えるなどの強いものにしない方がいいという意見が強い。象徴天皇における国事行為については現行に異論はほとんどない。
  ◆象徴天皇制と国民主権をよりクリアにした方がよいとの意見もあり、今後の検討課題といえる。
  ◆女性天皇については、皇室典範の改正論議に委ねるが、方向性としては認める方向で検討したい。

 

第2章「戦争の放棄」(第9条)
○自衛権の明示について
○自衛隊の存在について
○集団安全保障について
○国際協力活動について
○緊急事態への対処について

 ◆戦後の日本の平和と繁栄を築くうえで、憲法9条の果たしてきた役割は極めて大きいものがある。9条については、さまざまな活発な議論を行ってきたが、現行規定を堅持すべきだとの党のこれまでの姿勢を覆す議論にはいたっていない。
  そのうえで、議論の所在を述べれば以下のようなものがある。
  ◆個別的自衛権の行使は現行憲法でも認められているとの解釈が主流であり、集団的自衛権の行使は認めるべきではないとの意見が大勢である。ただ、個別的自衛権の行使については、あえて明確に示すべきではないか、との意見もある。
  ◆専守防衛、個別的自衛権の行使主体としての自衛隊の存在を認める記述を置くべきではないか、との意見がある。第1項の戦争放棄、第2項の戦力不保持は、上記の目的をも否定したものではないとの観点からである。ただ、すでに実態として合憲の自衛隊は定着しており、違憲とみる向きは少数派であるゆえ、あえて書き込む必要はないとの考えもある。
  ◆国家の自己利益追求のための武力行使は認められないが、国連による国際公共の価値を追求するための集団安全保障は認められるべきではないか、との指摘がある。ただ、その場合でも武力の行使は認められず、あくまで後方からの人道復興支援に徹すべきだとの意見がある。それゆえ、憲法上あえて書き込む必要はなく、法律対応でいいとの主張である。
  ◆いわゆる国際貢献については、明確化を望む指摘がある。ただし9条に書き加えるか、前文に盛り込むか、別建てで起こすか、あるいは法律で対応すればすむというように意見は分かれる。
  ◆ミサイル防衛、国際テロなどの緊急事態についての対処規定がないことから、新たに盛り込むべしとの指摘がある。ただ、あえて必要はないとの意見もある。

 

第3章「国民の権利及び義務」(第10条〜第40条)
○新しい人権を加えることの適否について
○環境権について
○プライバシー権、知る権利等について
○生命倫理について
○教育を受ける権利と受けさせる義務について
○裁判を受ける権利について
○犯罪被害者の人権について

 ◆新しい人権は、13条の「個人の尊重」「幸福追求権」、21条の「表現の自由」、25条の「生存権」をはじめとする憲法条文の解釈によって導き出されると一般的に考えられてはいるが、憲法が21世紀日本の骨格を成すべきだと考えると、より積極的に明示すべきとの主張がある。加憲の考え方である。
  ◆新しい人権を憲法上の権利として承認できるかどうかは、特定の行為が個人の人格的生存に不可欠であるばかりでなく、その行為を社会が認め、他の基本的人権を侵害する恐れがないかなど、慎重に判断すべきであり、権利のインフレを招くべきではないとの強い主張、またそれらは立法において成すべきだとの主張があり、新しい人権を考える場合、これを踏まえる必要がある。
  ◆時代の変化は極めて激しいものがあり、迫られる課題も多い。21世紀の日本をいかに築くかという未来志向の憲法論議に立った場合、むしろ憲法に明記することによって事前の人権保障を可能とし、時代の変化に対応した積極的な立法措置を可能にすることが望ましいのではないか。
  ◆環境権は「良好な環境を享受し、国家及び国民が環境保護に努める」といった趣旨の権利(責務)である。13条や25条によって、それが読めるという解釈もあるが、かつての人間中心主義ではない自然との共生も含んだエコロジカルな視点に立った環境権を定めるべきである。
  ◆IT社会の進展するなかで、プライバシーの権利を守ることが必要になっている。私事に属する個人情報を保護するということは当然として、より積極的に「自己情報をコントロールする権利」として確保することが検討されることは意義がある。また「知る権利」が、21条の「表現の自由」から導かれるとの主張があるが、自由権から発している「表現の自由」と、政府などの情報開示を求める「知る権利」とは異なるとの意見もあり、今後の検討課題である。
  ◆なお「権利」と「義務」で書かれた憲法に、新しい「責任」の概念を入れて、環境の保護や国民への情報開示は国などの「責任」として考えるとの新しい視点での指摘もあり、注目される。
  ◆13条の「個人の尊重、幸福追求権、公共の福祉」のなかでも、生殖医学、遺伝子技術の発展に伴う生命倫理のあり方については、現憲法には条文はないが、人間存在の本質にかかわる問題が内包されるだけに、どう考えるかは検討課題である。
  ◆26条に「教育を受ける権利・受けさせる義務」がある。敗戦直後と現在では、高校・大学の進学率をはじめとして大きく教育環境は変化している。憲法学上、26条については、論点となることはほとんどないが、生涯にわたっての教育が大切となっていることをはじめとして、より積極的な人間主義的教育観を主張する声もある。
  ◆32条に「裁判を受ける権利」がある。資力に欠ける国民が民事法律扶助を受ける権利を追加することによって、この条項をさらに強化することが必要であるとの強い主張があった。
  ◆現憲法はもっぱら刑事被告人の権利を保護しているが、犯罪被害者の人権については触れられていない。犯罪被害者の精神面も含めた権利保障や刑事手続きへの参加・関与などを求める声が上がっている。犯罪被害者といっても、その態様は多岐に及ぶものであり、法整備も一定の前進はみられるが、憲法上どうするかは検討課題の1つである。

 

第4章「国会」(第41条〜第64条)
○二院制の堅持について
○具体的な二院制の改革案について

 ◆二院制には、(1)第一院の多数派のみによって国政が専断されることを防ぎ、議会の行動をより慎重にする抑制と均衡の機能を果たすことができる(2)議事が二つの議院によって審議されることにより、先議院での審議過程で取り上げられず、または明確にならなかった問題点を、後議院が審議することにより、他院の審議を補完し、または再考を促すことができる――などといった長所がある。議論のなかでは、衆議院と参議院とを合わせて一院とすべきであるという意見もあったが、二院制を堅持すべきであるということでほぼ意見が一致した。その上で、両議院の役割分担を明確にし、特に、参議院の良識の府・再考の府としての位置付けを明らかにする必要があるということが確認された。
 ◆衆議院と参議院とで、任期、定数、選出方法など議院の組織・構成を変えるという意見もあった。議院間の役割分担として、(1)衆議院は予算審査に重点を置き、参議院は決算審査に重点を置く(参議院の行政監視機能を強化するため)(2)いわゆる基本法については、参議院先議とする(参議院議員は衆議院議員と比べ任期が長く長期的展望に立った審議が期待されるため)(3)国会同意人事を参議院の専権事項または衆議院の議決に優越するものとする(参議院の行政監視機能を強化するため)――などといった改革案が議論された。選挙制度についても両院は異なる制度で行われるべきものであり、衆議院は中選挙区制、参議院は個人を選ぶ大選挙区制であるべきだとの強い主張があった。
 ◆解散制度が衆議院にしかないことなどから、原理的には、内閣総理大臣の指名や不信任の議決はもっぱら衆議院に委ね、参議院の内閣総理大臣指名権や問責決議権は、本来なくすほうが整合的である。また、衆議院で可決され参議院で否決された法律案に対して、衆議院で再可決をするためには出席議員の3分の2の賛成が必要であると定める居2項の規定について、要件が厳しすぎるので、再議決権の一定期間の行使を禁ずるとともに、その場合の再議決は過半数で足りることとするという案もあった。しかし、いずれにせよ、わが党としては、参議院の影響力を弱める改革には賛同しがたい。
 その他に、現在国政調査権は議院の権能であるが、議員の権能とすべきであるとの意見があった。

 

第5章「内閣」(第65条〜第75条)
○議院内閣制について
○内閣機能の強化について
○首相公選制について

 ◆わが国では、国民が議員を選挙で選出し、その議員から構成される議会によって政府(内閣)を選出させ、議会と政府とを一応分離した上で、政府に対して議会による民主的統制を及ぼすという議院内閣制を採用している。そこで、今日のような連立政権の下では与党と内閣とが一体化し、与党の政策をより実現するように、議院内閣制を運用しなければならない。そのなかで、連立与党としての公明党の位置付けはどうなるのかについて、議論があった。イギリスの議院内閣制は政府、与党が一体化するものだが、連立政権と議院内閣制のあり方は、研究課題の一つである。
 ◆議院内閣制をより実効的に機能させるためには、内閣機能のさらなる強化をはかり、内閣の政策統合能力をより高め、また、官僚主導の政治システムから政治主導の政治システムへと転換することが求められる。また、内閣総理大臣個人のリーダーシップというよりも、合議体としての内閣の機能強化を図るべきである。
 ◆首相公選制を導入した場合、(1)政治的能力とは関係なく国民に人気のある者が選出されてしまう(2)議会とは無関係に選出された場合や、議会多数派と異なる政党に所属する者が選出された場合には、議会の意思と公選首相の意思が衝突し、政治システムの機能停止状態に陥る可能性がある(いわゆるdivided governmentの問題)(3)公選首相が国民の支持を背景に暴走する――などといった危険性がある。首相公選制を導入しなくても、議院内閣制を実効的に機能させれば、内閣の政策決定能力を高めることができるため、首相公選制を支持する主張は少なかった。イスラエルの失敗例について指摘する意見もあった。

第6章「司法」(第76条〜第82条)
○憲法裁判所の設置の許否について
○付随的違憲審査制の下での憲法裁判所的改革
○立法不作為と違憲判断について
○国民審査制の問題点について
○司法制度改革の憲法的意義

 

◆憲法裁判所の設置について、現在の最高裁判所は、(1)多くの上告事件を抱え多忙なため、憲法判断の責務を十分に果たしていないように見える(2)憲法判断に消極的で、憲法規定を正面に押し出すことなく、法律レベルで解決を図るケースが多い(3)時間が非常にかかり迅速な救済ができない――などの理由から議論がなされているところである。司法消極主義に傾いている現在の最高裁判所のあり方を改善していくことが重要であり、憲法裁判所の設置までは必要ないのではないかとの指摘があった。
◆現在の日本は、過度の事前規制・調整型社会から事後監視・救済型社会へと転換しつつある。その中において司法の役割はより重要度を増してきており、その転換を可能とするための社会的インフラの中核が司法・法曹である。今般の司法制度改革は、法の支配の下に有機的連携を行うものであり、「この国のかたち」にかかわる諸改革の「最後のかなめ」の一つとして位置付けられるべきではないか。
◆国民の司法参加(裁判員制度の導入を中核とする参加制度)は重要である。裁判官と裁判員とで共同決定する裁判員制度は、国民的基盤の上に確立されるべきものである。

 

第7章「財政」(第83条〜第91条)
○財政規律を憲法で定めることの是非について
  (予算の法形式、単年度主義、均衡原則など)
○地方財政の自立と自主課税権について
○私学助成と公の支配について

 ◆財政における地方自主権のあり方について、地方分権の議論とも絡み、自立できるだけの財源確保が必要である。地方財政基盤の確立とその健全化を図るプロセスの構築が重要となる。課税自主権を憲法上に明記すべきとの意見もある。
◆私学助成と憲法との関係について、条文の文言と運用の実態とが遊離している。私学助成の必要性については、実務・学説とも肯定しているところであるので、憲法上の表現についてはその重要性を踏まえて検討すべきである。

 

第8章「地方自治」(第92条〜第95条)
○地方自治の本旨について
○地方自治と財政規律について
○道州制と基礎的自治体について

 ◆今日、地方分権ではなく地方主権の主張があるように、地方自治こそ民主主義の原動力である。その重要性から見て、地方自治の章がわずか4条しかないことは極めて抽象的で脆弱な規定であり、「地方自治の本旨」として団体自治と住民自治を規定しているが、具体的な内容があいまいであるとの意見が多くあった。
◆地方自治の原則として、国が地方自治体と地域住民の意思を尊重すること、地方自治体は自立と責任の原則に立つこと、特に財政基盤を確保するため財政的自立を明確にすること等を規定することが必要だとの意見が大勢であった。一方、憲法の中での規定ではなく、地方自治基本法をつくって、そこに当面の課題を盛り込んではどうかとの意見もあった。
◆市町村合併が進む中で、住民の声が届く基礎的自治体の機能強化を図ることが主要であるとの指摘が大半であり、道州制をはじめとする二層制の中身については、その上で、広域的な一体性、歴史性を踏まえて検討を進めていくことになった。なお、連邦制については否定的であった。

 

第9章「改正」(第96条)
○総議員の3分の2以上の規定について
○国民投票について

 ◆総議員の3分の2以上の賛成の規定については、改正そのものを厳しくしているとの指摘も少数あったが、憲法改正の重さから妥当であるとの意見が大勢であった。
◆選挙人名簿と別に投票人名簿を常に掌握することは非常に繁雑であり、大変な費用が掛かる。その意味で、選挙人名簿を投票人名簿とすることが適切である。
  また、国政選挙と同時に行われることの想定については、(1)「政権の維持・獲得を争う国政選挙」と「憲法改正案に対する賛否を争点とする国民投票」とは全く性格が違うこと(2)原則として自由であるべき国民投票運動と規制がない選挙運動との調整は大変な問題がある――との観点から、あえて両者が同等に行われる場合を明確にせずに、国民投票の期日の告示日を定めるべきであるとの意見が大勢であった。

 

第10章「最高法規」(第97条〜第99条)
○条約と憲法との関係について
○国際協調主義と国家主権の移譲について
○憲法尊重擁護義務について

  ◆条約と憲法との関係については、あくまでも国の最高法規である憲法の方が条約よりも優位するとの見解に立つべきであると考えるが、条約をはじめとする国際法規の順守など現行憲法が定める国際協調主義の精神は、より一層徹底していくべきとの指摘がある。なお、この点に関しては、(EU加盟各国のような)国際機関への主権の一部移譲なども将来的には検討する必要があるとの指摘もある。
◆憲法尊重擁護義務については、国会の憲法調査会などで、天皇・国務大臣をはじめとする公務員の憲法尊重擁護義務に加えて国民の憲法尊重擁護義務も定めるべきではないかとする意見があるが、党の論議としては否定的であった。